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小浜地区の紹介

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小浜温泉風景
小浜町は、波静かな橘湾にのぞむ「日本で最後に夕日が沈む街、小浜温泉」と、我が国で最初に国立公園として指定された代表的な国際観光地である山の温泉「四季折々の自然景観と地獄で知られる雲仙温泉」の、2つの泉質の違った温泉を持つ、観光と農漁業が中心の次代に向けて夢ふくらむ町です。
小浜町の歴史は古く、2千4百余年前安寧天皇の御代に温泉山や海岸温泉の有ることがわかり、すでにその利用がなされていたと伝えられています。
雲仙岳はその昔、日本山と尊称されていたが、いつしか高来の峰と呼ばれるようになったと伝えられ、和銅6年(713年)には「肥前風土記」の中に、“高来の峰の西南より、温泉の噴出するのがみゆ”と記されているのが最も古い記録であり、大宝元年(701年)に僧行基が温泉山大乗院満明寺を開基し、四面宮を合わせて祀り、山号を温泉山と号したとも伝えられています。
ちなみに雲仙岳と呼ばれるようになったのは、昭和2年新日本八景山岳の部で第1位当選や、昭和9年3月16日国立公園第1号指定を機に統一したものです。
東の富士山と並んで、特別名勝に指定されている西の名山雲仙は、四季を通じて山の姿を変えて楽しませる国際観光地として、長崎の開港とともに外国人の来遊があり、地獄には哀しいキリシタン殉教の歴史が刻まれています。
一方、海の温泉の小浜は、大治の頃(1126年)肥前権守藤原幸通の子、日向太郎通良の弟某氏が小浜氏を名乗りここを居城と定め、保元元年(1156年)高来の郡は鎮西八郎為朝の占有するところとなり、小浜城もそれに属していました。小浜という地は、もとは北村にあり、北村の大浜に対して「こはま」と呼んでいたようで、小浜に勅使が着かれたことからはじまったようです。
明治4年廃藩置県により島原県の管轄に属し、同年11月に長崎県に合併されました。明治7年には小浜、千々石、愛津、野井の4か村を第5大区として、千々石に区務所が設置され、明治11年11月北串山戸長制施行、同13年9月小浜戸長制施行、明治22年6月小浜村制施行、同年8月北串山村制施行。大正13年4月1日町制を施行して小浜村が町となり、昭和30年2月1日町村合併促進法に基づき北串山村と合併し、新しい名を「小浜町」とした。

人口8,572人名所・雲仙地獄
・雲仙お山の情報館
・とけん山公園
・小浜歴史資料館
・ほっとふっと105
世帯数3,528世帯特産品・湯せんべい
・じゃがいも
・温泉たまご
・雲仙焼
・雲仙茶
人口・世帯数:平成27年国勢調査

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