| | | ■江戸時代初期(約400年前)
| キリシタン墓碑群(県指定史跡) | 慶長の頃(1606~1612)、あるキリシタンを祀ったものです。 当初畑の中にあったものを、昭和の始め頃、民家裏庭の池のほとりに移されたと言われています。墓碑は3基有り、支石墓のように組まれており、上に置かれている墓碑は、扁平蓋石型で、正面に「里阿(りあ)ん」右側面に「慶長十一年」、左側面に「九月三日」と碑銘が刻まれています。大きさは長さ130センチメートル、幅57センチメートル、厚さ24センチメートル。この下に支石として組まれている墓碑のうち、1基は切妻蓋石型で、側面に「慶長十一年」の銘が、もう1基の側面にも「慶長十七年六月廿七日」の銘が刻んであります。
昭和2年(1927)11月8日に県指定文化財となりましたが、それ以来、風雨による風化が懸念されたため、昭和58年(1958)9月20日、現在の場所に移転安置され、保護用の屋根を設置しています。 |  | | 南串山町のキリシタン墓碑 |
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